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2025年支援報告

紛争の中の連帯と希望

2026年3月
イエズス会サービスカンボジア Nguyen Quang Tuan

カンボジアとタイの国境での武力衝突は2025年6月に勃発し、国境沿いの60万人以上のカンボジア人が家を追われることになりました。
2025年12月末の2度目の停戦合意の後、多くの人々が故郷の村に戻ることができましたが、一部の地域では依然として制限が続いているため、約6万人の人々が帰郷できず、避難キャンプでの生活を余儀なくされています。
バンテアイ・ミエンチェイ州では、一部の故郷の村がまだタイ軍に占拠されているため、約2,600世帯が戻れず、避難キャンプに滞在しています。

プロンスロック地区の避難民用仮設テント

この紛争により、人々の生活はさらに困難になっています。
彼らは主に農業や日雇い労働に依存していた生計を失いました。学校の閉鎖や避難により、子どもたちは学校に通うことができません。

避難キャンプでの生活は非常に過酷です。
多くの家族が食料、清潔な水、医薬品の不足に直面しています。
仮設のテントはしばしば過密で、晴れた日には暑く、雨の日には濡れます。
最も弱い立場にあるのは、女性、子ども、高齢者、障害のある人々です。

しかし、この危機の中にも連帯と希望があります。
イエズス会サービスカンボジア(JSC)は、特にシソポンのJSCスタッフは、この危機に迅速かつ積極的に対応しています。

JSCシソポン、ザビエル・イエズス会学校と
ザビエル教会スタッフと支援パック

彼らはバンテアイ・ミエンチェイのさまざまな避難キャンプを訪問し、避難民と会い、彼らの話を聞き、緊急のニーズを理解しています。
国内外のJSCの友人やパートナーも、これらの避難民を支援するために寄付しました。

2025年7月から2026年3月にかけて、JSCはバンテアイ・ミエンチェイ州のマライ、スバイチェク、プノンスロック、トマープオク地区の6つの避難キャンプに対し、食料や必需品を、支援パックの形で提供しました。困難を和らげるための迅速な支援を約3,500世帯が受けました。

JSCがカンドアル寺院の国内避難民キャンプで支援パックを配布
中央にマノジ神父、左にビチェカさん(シソポン事務所スタッフ)

紛争は人々を分断します。

しかし、連帯はその壊れた状態を癒し、避難した人々に希望をもたらすことができます。
彼らは家に戻り、普通の生活の再開を望んでいます。
私たちもその一日も早い実現を望んでいます。


※これは現地のTuan神父にお願いした記事です。

【日本語訳】かんぼれん代表 ボネット ビセンテ

2025年かんぼれん支援一覧

1)JSCシソポン事務所のプロジェクトへの支援 $17,000
2)Light of Mercy Home 子どもの家 $1,000

JSCシソポン事務所のプロジェクトへの支援内容の内訳

  1. 教育支援 $12,073.30
    • 通学用自転車 10人
    • 障がい者、貧しい家の児童・生徒への奨学金 30人
    • 障がい者、貧しい家の児童・生徒へのお米による奨学金 25人
    • 学用品(文房具、教材など) 30人
    • 学校内で暮らす寮生への食糧支援 2学校
    • 村に住む生徒の町の学校への引越費用 10人
    • 就学のために村から町に出る生徒の寮の費用(住居費) 
  2. 車椅子支援 $4,355.00
    • 新しい車椅子 17人
    • 新しい三輪車椅子 3人
    • 車いすの修理 103台
  3. 健康支援 $286.40
    • 障がい者のための家庭用野菜菜園 5家族
  4. 2026年へ繰越金 $286.00
    • 地雷事故にあった人がいなかったため、支援パック費用は繰越

Tuan神父からの報告の通り、紛争勃発によりシソポン周辺には外務省より渡航中止勧告が出ていたため、2026年のスタディーツアーは中止せざるを得ませんでした。それで今年は「手渡し」ではなく「メール」でJSCより昨年のかんぼれんからの支援金の活動報告が送られてきました。

国境紛争勃発により、担当地域を支援活動で回ることは少なからず危険を伴うことだと思います。それにも拘わらずJSCのスタッフは2025年も毎日、村々を回り多くの生徒に通学用自転車を届け、そして奨学支援を続けたことが分ります。


また車椅子については、新規提供だけではありません。広いバンテアイ・ミエンチェイ州の中で、過去に車椅子を提供した人々をバイクで定期的に訪問し、2025年も100台を越える修理を実施しています

教育支援

学生の夢の実現を支える寮提供支援の取り組み

藤田 光洋

かんぼれんが実施した2025年の支援の中で、教育分野は最も大きな比重を占めており、通学用自転車の提供や奨学金など、計6種類の支援が行われた。

その中でも、都市部の学校に通うための寮提供支援は、地方に住み、周辺に質の高い教育機関がない学生にとって極めて重要な取り組みである。

2025年は、この支援により6名の学生が新たに学びの機会を得た。これらの支援対象者はいずれもバンテアイ・ミエンチェイ州マライ地区の出身である。

同地区はタイ国境に位置し、州都シソポンへのアクセスが悪いことに加え、かつてポル・ポト派の拠点の一つであった歴史的背景から開発が遅れてきた地域である。
そのため現在も貧困層の農家が多く、学校数や教育環境が十分とは言えない状況にある。

本来であれば、学校や教員の増加、道路整備などを通じた教育基盤そのものの強化が求められる。しかしながら、寮提供支援は、そうした課題を抱える地域の学生に対し、直ちに進学の機会を確保するための現実的かつ重要な手段であり、将来の可能性を切り拓く取り組みといえる。

以下では、寮提供支援を受けた学生の一人の経緯をまず紹介する。なお、2026年は紛争の影響によりスタディツアーが実施されなかったため、本稿では2025年のJSC報告書の内容をもとにしている。
さらに、著者自身も2025年のスタディツアーにおいて当該の寮を訪れ、この学生と直接対面しているため、最後はその寮や学生たちについても記載する。


学生への寮提供までの経緯

サルウン・パノさんは、
マライ地区タコンのチャン・メン村に暮らす16歳の青年で、農家の家庭に生まれた5人きょうだいの4番目である
(写真向かって右端がパノさん)。

タコンのクチェイ中学校を卒業後も学業の継続を強く望み、より良い教育環境を求めて都市部での進学を志した。
村の学校では教員不足や授業内容の制約があり、十分に知識を深めることが難しい状況にあったためである。

将来、警察官になるという夢を実現するため、彼は両親を説得し、都市で学ぶ決意を固めた。その後、家族や友人とともにシソポンへ向かい、進学先と生活の場を探した。

しかし、経済的に寮費を支払う余裕はなく、プノン・スヴァイ寺院の住職に寄宿を願い出た。
住職の厚意によりパゴダ内での仮住まいが許され、そこから学校探しを進めた結果、オアンベル村のオアンベル高校への入学を決めた。

ただし、寺院から学校までは約3kmあり、通学の負担は大きいものだった。
そうした中、学校でJSCが運営する寮の存在を知り、紹介を受けて支援を申請したところ、入居が認められた。

寮は学校から約700mの距離にあり、通学環境は大きく改善された。新たな生活の中で、彼は勉強時間を確保できるようになり、読書や宿題にも継続的に取り組むとともに、掃除や料理など日常生活にも主体的に関わるようになった。

寮への訪問

2025年に寮を訪問した際には、パノさんを含む6名の学生に直接会っている(写真向かって左端がパノさん)。

共同生活を送る部屋の様子も見学したが、学生たちは落ち着いた雰囲気の中で生活しており、安心して学べる環境が整えられていることがうかがえた。
現地で実際に彼らの表情や生活の様子に触れたことで、寮が単なる「住まい」ではなく、日々の学びを支える拠点となっていることを実感した。

報告書に記された経緯を改めて読み返すと、夢の実現に向けて自ら機会を切り拓こうとする強い意志と、その背景にある困難の大きさがより具体的に感じられる。

最初に述べた通り寮提供支援は教育機会を確保するうえで重要だが、現地で学生と向き合った経験を踏まえると、その意義は通学支援にとどまらず、学び続けるための環境を支えている点にあると感じた。

車いすの支援

35歳のChoun Chetさんは10歳の時にポリオで両足の自由を失いました。

2003年にJSCから最初の車椅子の提供を受けましたが以来22年間、JSCからの継続サポートを受け、今は4台目を使っています。Chetさんは「車椅子と定期的なJSCの点検があったから今の生活がある」ととても感謝しています。

リュウさんとのやり取りで見えてきたカンボジアの現状

勝間田 大喜

今回私は、現地シソポンで働いている、JSCスタッフのリュウさんとのやり取りを紹介したい。

2025年12月21日

ダイキ

ご無沙汰してます、かんぼれんのダイキです。日本の新聞記事で、シソポンが爆撃されたと知って、とても心配しています。ご家族や友人、そしてJSCシソポンのメンバーはご無事ですか?

リュウ

私たちのことを心配してくれてありがとう、みんな無事です。我々はバンカー(防空壕)の中にいて、よく注意しています。

ダイキ

そんなにひどいとは知らなかったです。国境付近の学校が避難所になっているとも聞いていますが、お仕事は大変になっていませんか?
どうかご自愛ください、私は祈ることしかできませんが、また会いたいと思っています。

リュウ

その通りで、全ての学校とパゴダ(仏教寺院施設)が避難所になっているのですが、それらは国境からちょっと距離のある学校の話です。
国境に近い学校は皆閉まっています。
戦闘が止まったら、またお会いしたいです。
カンボジアの人たち、特に子どもたちはとても怖がりながら暮らしています。
早く平和が戻ることを、カンボジアの人々も、私も望んでいます。

2026年3月15日

ダイキ

こんばんは、日本にはカンボジアのニュースがあまり入ってこないので、皆さんが無事かわからず、心配しています。
学校への爆撃は止まったのでしょうか。子どもたちが平穏に学べているといいのですが……。

リュウ

おはようダイキさん、12月末以来、戦闘と爆撃は今まで止まっているのですが、まだ3,000家族以上が避難キャンプに滞在しています。
彼らの子どもたちは、学校に通えています。しかし、彼らの家はタイ軍人に略奪されました。

2026年4月12日

リュウ

かんぼれんの皆の写真を送ってくれてありがとう。家を略奪された人たちは皆無事なのですが、彼らの家や家財は破壊されたり持ち去られたりしました。彼らは今カンボジア政府が建てた家で暮らしています。

リュウ

しかしこれらは一時的なもので、国境の問題が収まったら、避難者は皆それぞれの故郷に帰れることを望んでいます。
JSCシソポンのスタッフは皆無事で、4月13日〜15日のクメール正月を楽しみにしています。


彼らから無事の知らせが届いたのは嬉しかったが、カンボジアの人たちにとっての「無事」は、私たちにとっては到底無事とは思えなかったというのが正直なところだ。
それでも彼らが毎日生活を営み、少しずつ状況が良くなってきていることは、日本にいる私の心の支えにもなった。


※2025年の支援報告は、今後10月、12月頃に更新を予定しています。

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